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木谷峡 ツーリング

ツーリング

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山口県岩国市にある木谷峡に訪れた。






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走行中に美しい川が目に入ったので停車して、写真を撮った。






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地元では見れない透明度の高い川の色。





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木谷峡中腹にて。道は狭く人通りはほとんどない。1台、赤色のニンジャ250とすれ違った。





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鹿落ちの滝。その昔、平家に追われた鹿が、滝を飛び越えることができず、足を踏み滑らせたことから、鹿落ちの滝と名づけられたという。





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姫岩。一見なんの変哲もない岩。身分の違いにより心中を決意した男女の恋が、この岩の上で祈りを捧げたことで成就したという伝説がある。





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峡谷入口付近に、なにやら廃屋が・・。





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なんの建物だろう。ちょっと、中を失礼いたします。





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「あかるいがっこう。たのしいがっこう。」どうやら学校のようだ。





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廃屋の儚みに惹きつけられる。もう少し中を探索してみたかったけれど、ヘタレなのでこれ以上は踏み込めなかった。




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木谷峡は紅葉の素晴らしさで知られているようなので、秋ごろにまた訪れたい。

鞆の浦 ツーリング

ツーリング

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天候も良く暖かかったので、福山の鞆の浦まで走りに行った。瀬戸内海に位置する鞆の浦は、潮待ちの港として江戸時代に栄えた国際商業都市で、その町並みが今も残された港町である。「崖の上のポニョ」の舞台にもなった。





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民俗資料館。





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民俗資料館の位置から見下ろす、鞆の浦の風景。




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鞆の浦観光情報センターにて、棒天を食す。味は明太子を選択。ピリッとして美味い。明太子以外には、たこ、ちーず、いか、えびがある。





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VTRに乗り始めてからそろそろ1年が経つ。乗ってて感じるのは、取り回しは軽いし、トルクもあって街乗りではキビキビ走って非常に快適なんだけれど、高回転域の伸びがなく、バイパス走行時や登り傾斜などで、ややパワー不足なのは否めない。あと、ポジションはハンドルが高くて前傾にならないから楽なんだけれど、車体が軽く、重心が高いためか風に煽られるので、そういった意味で疲れやすいのではないかと思う。ツーリング中に250ccクラスだとにVTRに乗っている人ってあんまり見かけないな。



瑠璃光寺五重塔 ツーリング

ツーリング

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久々の更新。山口県山口市に聳える重要文化財瑠璃光寺五重塔を見に走りにいった。



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国宝。大内文化の最高傑作といわれている。




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大内義弘。梅の花も咲いていた。




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沈流亭。江戸時代末頃に建てられ、その後、2度移築されて、昭和35年に香山公園内に移された。薩長の志士が密議したとされる明治維新の史跡。



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2階も見学可能なので、登ってみる。




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何も無い、殺風景な部屋。久々に畳の上に立った。やはり畳は落ち着く。




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香山墓所に至る石段の前にある石畳の上で、石畳を強く踏みつけたり手を打ったりすると、不思議なことに反響音が返ってくる。
周囲の地形や石段による音響効果によるものらしいのだけれど、意図して作られたものではなく、偶然そのようにできたのだという。




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大念珠。ゆっくりと大念珠を引くことで、珠が上から一つずつ落ち、カチリと音がして、煩悩がとり払われ、厄難が除かれて開運につながる。心静かに八個の数珠玉を落として自分の煩悩を滅する。




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煩悩も除いたことだし、帰るか。




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道の駅 仁保の郷で休憩する。




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KDDIのパラボラアンテナが見えた。




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山道に流れる水が綺麗だったので思わず停まって写真を撮る。





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434号線から、途中興味本位で入った山口県道59号錦線が怖ろしく険しい道でやめておけばよかったと後悔する。石や草木でアスファルトが埋め尽くされている。離合できないほど狭いためか、車が通った形跡がほとんど無く、未舗装道路のようになっていた。石を踏んでこけそうになりながらも突き進む。




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なんとか無事帰れてよかった。

竹原ツーリング

ツーリング

天気の良い日が続いている。少し寒いけど出かけないのも勿体ないと思い、竹原市に訪れた。2017年、初ツーリングである。



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日本のウイスキーの父、竹鶴正孝の生家。竹鶴酒造。旧制中学卒業まで竹原で過ごし後にスコットランドに留学してからウイスキー製造技術を習得した。その地で出会ったリタと結婚し、帰国後、日本初の国産ウイスキー製造に成功した。竹原の誇り、マッサンの生家である。




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風情ある町並み。





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初代郵便局跡。書状集箱は明治4年郵便事業創業当時使用していたものと同じ型のポストで、現在も利用できるらしい。





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いぬー。吠えられまくる。





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犬と猫の共存。




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竹原市歴史民俗資料館。残念ながら休館だった。





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マッサンファン歓喜。「よいウイスキーづくりにトリックはない」by竹鶴正孝・リタ





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龍頭山照蓮寺。初詣。




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大久野島に向かう途中のパーキングエリア「エデンの海」に立ち寄った。




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フォトスポットでもあるエデンの海。ちょうど雲で太陽が隠れてしまっているがこれはこれで悪くない。
帰りに赤々と輝く夕日が見れてすごく綺麗だった。
作家、若杉慧は県立忠海高校を舞台に青春小説「エデンの海」を書き、3度も映画化された。作者はこの眺めに青春の躍動を感じ、人類誕生の祖アダムとイブが住んでいたとされる楽園に重ねて「エデンの海」と名付けたのだという。





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大久野島に向かうためフェリーに乗り込む。





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孤高。





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上陸。なるほど、どこもかしこも、うさぎだらけだ。





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いたるところに野生のうさぎがいる。観光客慣れしてるためか、餌を持ってなくても近づいてくる。





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かわいいけど、子供の頃に飼っていたうさぎがすぐに死んでしまったことを思い出して、胸が締め付けられる。うさぎの耳が大きいのは敵を早く察知するために、音がよく聞こえるように発達したのだそうな。裏を返せば常に敵に捕獲されないように警戒しなければならない弱い生き物だということになる。狭いところはストレスだったんだろうな。





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毒ガス資料館。こちらも残念ながら休館だった。





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毒ガス貯蔵庫跡。猛毒で皮膚がただれる、びらん性毒ガス「イペリット」が貯蔵されていたという。





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宿舎もある。





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釣り人もいた。





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海水浴場があるのに野外プールもある。ずいぶん錆びれているように見えるけれど、現在も使われているのだろうか。





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草木が生い茂る道を攻めてみる。急にうさぎが飛び出してたりして驚く。





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大久野島灯台がある。残念ながら、これ以上は立ち入り禁止となっていた。






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美しい。






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慰霊碑。現在はうさぎの楽園として観光地化されているが、かつては戦争のための毒ガス製造の島で負の遺産としての側面も持っている大久野島。犠牲者の鎮魂を祈るばかりだ。






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仲睦まじい。なぜこれほどまでにこの島に限ってうさぎが繁殖しているのだろうか。毒ガスの実験に使わていたうさぎが生き延びて無人化した島で繁殖したのだとしたら皮肉だと思ったけれど、現在いるウサギは1971年に本土から導入されたもので、島外の小学校で飼育しきれなくなった8羽のウサギが島に放されて野生化し、繁殖して現在のようになったという説が一番有力らしい。






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帰りのフェリー。






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道路が凍結してなくてよかった。やっぱり海沿いを走るのは気持ち良いな。




NHK連続テレビ小説 マッサン 上

NHK連続テレビ小説 マッサン 上

エデンの海 (1951年) (角川文庫〈第298〉)

エデンの海 (1951年) (角川文庫〈第298〉)

地図から消された島―大久野島毒ガス工場

地図から消された島―大久野島毒ガス工場

たった一度の人生をかけがえないものにするには

今週のお題「2017年にやりたいこと」


先日、母校のOB野球大会で同級生と顔を合わせた時、「なんかこの前会ったばかりのような気がするな」なんてお互い言い合ったけれど、本当に1年が過ぎるのが早くなったように感じる。

大人になると、子供の頃よりも時間が進むのが早く感じるようになる。とある生物学者の一説によると、子供の頃は細胞の新陳代謝が早く、大人になるとそれが遅くなるけど、地球の回転周期から得られる24時間はいつも一定なので、その時計と比べると、自分の体内時計は遅れる一方となるため、実際の時間は早く感じてしまうようになるとのこと。
わかったようなわからないような話だけど、たぶんそうなのだろう。
あるいは、子供の頃はあらゆることが未経験で、いろんな出来事を新鮮に感じるけれど、年齢を重ねるにつれ経験や知識が蓄積されることで日常がルーチン化され、日々を漫然と過ごしてしまうことで早く感じるのかもしれない。

さて、2017年にやりたいことだけど、やっぱりツーリングかな。あと、昨年断念した星新一賞にも応募したいと思う。
僕がオートバイに乗って観光に赴くようになったのは、東浩紀さんの著書「弱いつながり 検索ワードを探す旅」の影響が大きい。

インターネットを通じて人は様々なことを知ることができるようになったけれど、インターネットが登場した20年前頃とは様相が変わってきていて、現在ではインターネット側がユーザーが欲しているであろう情報を予測して提供するようになってきている。

例えば、検索エンジンにワードを入れると予測ワードや検索結果にマッチした広告が出てくるわけだけど、あれはユーザー1人1人によって異なるわけで、人はインターネットで自分が見たいものを選んでいるつもりでも、実はインターネットによって選ばされている側面がある。「あなたはこういう人間だからこういう情報(欲望)が欲しいんでしょ?」といったように。そして、今後その精度の向上や傾向はますます強まっていくに違いない。

そして、インターネットは「強いつながり」を強化する。つまり元々仲の良い人たち、属性が同じ人たち、同じ価値観の人たち、同じ組織に属している人たちの結びつきを強くするツールなのだ。Facebookにしてもtwitterにしても気に入らない人間はどんどんブロックして、自分にとって都合の良い人間たちだけとつるむことができる。それは居心地の良い世界かもしれないけど、変化の無い世界でもある。予測可能な世界でもある。自分で選択しているつもりが、グーグルによって見たいものだけを、選びたいものだけを選ばされ続ける人生になってしまいかねない。
人は環境に規定される生き物だから、強いつながりの中にだけ居続けると、その環境の枠組みの外にあるような考えや価値観が存在することすら認識できなくなってしまう。強いつながりの中で自分の頭だけでひたすら考えていても新たな検索ワードは出てこない。ではインターネットの提示する予測を裏切るにはどうすればよいのか。メディアや他者が作り上げた欲望ではなく、自分の欲望を見つけるにはどうすればよいのか。

一度しかない人生をかけがえのないものにするには「弱いつながり」が不可欠だと著者は語る。つまり自分の行ったことのない場所に実際に足を運んでみるということだ。意図的に不確定な環境に身を委ねてみることだ。そこには自分のことをあまり知らない人がいて、そういう人たちが思いもよらないようなアドバイスをくれたりするかもしれない。強いつながりの中では自分のことをよく知っている人たちばかりだから現実的な予測可能なことしか言ってくれない。

でも「弱いつながり」だけで生きていくのもあまり現実的ではない。人はずっと共同体の中で承認されることで生きてきた生き物だからだ。最近、ブログ界隈でとある新卒フリーランサーがキャンピングカーでの車上生活を挫折し、ずいぶん話題となった。やはり「職業は旅人」は面白そうだけど、きつい。ずっとは出来ない。

「強いつながり」だけだと人生はどんどん予測可能で規定されたものになっていく。一方で「弱いつながり」だけだと持続可能性がない。

したがって「強いつながり」に「弱いつながり」を取り入れるのが最も現実的といえる。すなわち「観光」である。環境を変えるというと、つい移住みたいな話になってしまいがちだけど、移住では、別の「強いつながり」に属するだけだ。つまるところ「生きる」とは生活を継続することに他ならないのだから、最も持続可能なのは、なんらかの共同体に所属しつつ、つかの間に旅に出る「観光」ということになる。

正直、かけがえのない人生なんて幻想なんじゃないかという気がしないでもない。一方で、どんな生き方をしようとも、かけがえのない人生だと主張する人もいるだろう。
それでも僕は2017年もオートバイで観光に出向いていきたいと思う。

イップスの思い出

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先日、母校でOB野球大会が行われたので、参加させてもらった。寒空の下、およそ50人ほど集まっただろうか。懐かしい顔もあった。

高校時代は硬式野球部に所属していた。引退してもう10年以上の歳月が経つ。当時の顧問も変わり、ユニフォームのデザインも変わった。それでもグラウンドに立ってみると、練習にあけくれた日々を思い出す。僕がまだ現役の頃は、このようなOB戦が開催されることは考えにくいことだった。現在の顧問の出身が母校だからということもあるのだろう。体育会系の部活にありがちな殺伐とした雰囲気はあまりなく、若い子たちはのびのびと野球をしているように感じた。

記事の題名である「イップスの思い出」だけれど、僕はこの高校野球時代にイップスになってしまったことがある。イップスというのは精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、自分の思い通りのプレーができなくなる運動障害のことで、野球では投手や内野手に生じやすく、野球に限らず、ゴルフのパッティングなどでもよく見られる症状だという。

僕の場合は、朝練習時のフリーバッティングの打撃投手をするときにこの症状が現れた。当時、打撃投手は1年生が勤め、上級生が主に打撃練習をするというものだった。
かつて甲子園を席巻したPL学園では、「3年神様、2年平民、1年奴隷」と言われているほど、上下関係が厳しいものであったようだけれど、甲子園なんて夢のまた夢の弱小公立高校でもそれに近い序列はあった。入学したばかりの1年生にとって3年生とはそれほど怖ろしい存在で、打ちやすいところに投げれなかったらどうしよう。そんなことで頭がいっぱいだった。思うところにボールが投げられない。焦りと緊張でボールを握る手に汗が止まらない。だけど投げないといけない。奴隷の投げるボールが神様に直撃した瞬間だった。それ以来打撃投手をすると、投げるボール全てが打者の立っているの方向にすっぽ抜けるようになった。自分でも不思議で仕方がなかった。キャッチボールや守備練習での送球時には狙ったところにボールが投げられるのに、打者が立つとまるっきり投げられなくなってしまったのだから。見かねた同級生が代わって投げてくれたこともしばしばだった。

プロの選手でもこの症状になってしまう人が少なくないという。最近では、高校時代に春夏連覇の快挙を成し遂げた島袋洋奨投手がイップスによる制球難に苦しんでいたり、ヤクルトの森岡良介内野手はキャッチボールすらままならなくなり引退を決断したということがあった。今年のドラフトの目玉となった田中正義投手もイップスの傾向が見られると囁かれているという。一度イップスになってしまうと、克服するのは非常に難しいと言われているので複雑な気持ちになる。


当時はイップスなんていう言葉は知らなかったけれど、今振り返ってみると、あれは間違いなくイップスだったよな、なんて思っている。
日頃の運動不足が祟って、走る、投げる、捕る、打つ、全てが体に響く。
背中に死球くらったり(幸い試合は軟式球で行われた)、クロスプレーで膝をえぐられたりして、少々痛い思いもしたけど、久々に野球ができて楽しかった。来年は怪我に気をつけていこう。

日本一周への憧憬

読書

「日本をゆっくり走ってみたよ」という、漫画を読んだ。2巻で完結。36歳独身の漫画家が連載作品が終了して時間が空いたので日本一周バイクの旅に出るというお話。愛車はスズキのジェベル。日本一周の旅をする動機が、4年前に仲良くなったものの故郷に帰ってしまった憧れの女の子に再開するためというもので、いかにも愚直で不器用な男という印象に好感が持てた。タフな男になるために日本一周して、その女の子の住む宇都宮で告白するという過程を描いた実話の旅日記である。
以前から「いつかはオートバイで日本一周」とぼんやり思っていたけれど、この漫画を読んで、より日本一周への想いが増したように感じる。

日本一周に挑戦するにあたって、一番の障壁となるのはやはり「仕事」ではないだろうか。日本一周となると1週間や2週間程度の休暇では厳しい。2~3か月くらいはみたいところだ。当然そんなに会社を休めるはずがない。他の会社はどうだか分からないけれど、少なくとも僕の勤めているところではそうだ。どう考えたって厳しい。2か月どころか、2週間だって怪しい。となると、日本一周を達成するためには今の仕事を辞めることが前提となる。僕は再就職に有利な経験やスキルや資格を持っているわけでもないし、年齢だけで採用してもらえるほど若くもない。つまり、日本一周に挑戦するということは、今手にしている経済的基盤を失うことを意味している。生きていくためには言うまでもなくお金がかかるのだ。

では、定年になるまで待つのかというとそれこそ日本一周なんて生涯できないのではないか、という気がする。定年が70歳、あるいは75歳にまで延長されると囁かれている昨今、その年齢に達してからオートバイで日本一周の旅に出るというのはあまりに非現実的だ。そこまで長生きできるかどうかも分からないし、長生きできたとしても今のように健康体であるとも限りない。

ただ、幸いと言っていいのかわからないけれど、僕には扶養家族がいないので、家族がいる人に比べるとまだ挑戦しやすい環境にあるのかもしれない。もし養うべき家族がいようものならオートバイで日本一周など口に出すことすら憚られるだろう。「仕事まで辞めて日本一周なんかして何の意味があるの?」おそらくそんな風なことを言われて終わりだ。事故におけるリスクを考えると日本一周どころか、オートバイ自体降りてくれとまで言われかねない。守るべき人間がいる人間の宿命だろう。僕には守るべき人がいない。故に失うものもない。仕事くらいだ。僕が日本一周に挑戦したとして、結果どんな事態を招いたとしても困るのは僕自身だけだ。基本的にそういう身分でしか挑戦できない代物だろう。この漫画の主人公、吉本浩二先生のように。

自分でも馬鹿げたことを考えていると思う。なぜ日本一周に憧れているのだろうか。主人公のように日本一周をすることによる精神的な成長のようなものを欲しているわけじゃないけど、たった一度しかない有限な人生、日本に住んでいながら、日本の景色のほとんどを知らずに死んでいくのは、もったいない気がする。あるいは胸を張って「これを達成した」と言えるものが欲しいのかもしれない。きっと誰もが経験することではないだろうから。だから、もし本当に日本一周を達成できたとしたら、僕の人生、それでもう概ね満足という感はある。たとえその先に冷遇が待ち受けていたとしても。

ただいずれにせよ今は時季が悪い。寒い。寒すぎる。それに仕事も今すぐ辞めるというわけにもいかない。他にもバイクで日本一周に関する書籍があるようなので、いろいろ情報を集めながら妄想を膨らませたりして、本当に決心するその日まで心の拠り所にしていこうと思う。